S32年~S51年のこと

●村松芳範/S32年5月8日生まれ46歳。富士は東宮島の生まれ。
母方の先祖は俊蔵一家の俊蔵親分。俊蔵親分は、甲州は黒駒の勝蔵親分と兄弟分、清水の次郎長親分の代貸まで務めた任侠の徒である。
→血筋かマージャンはやらない。どちらか言えば花札などのバクチを好む。

●田子浦小学校時代、3枚しかもらえなかった賞状のうち1枚は
嘘を書いたとビンタの嵐。作文だから…と作った文で涙涙…の表賞状。

●田子浦中学時代では中2で大恋愛。毎日がバラ色の生活を送る。成績も良かった。
→中3で失恋。勉強手につかず。
中3でよく歌ったのは『中之島ブルース』。水の都に捨てた恋ぃ~~~の大失恋。

●高校時代では東海大第一高等学校に入学。失恋に痛手を受け硬派に転向。女に目もくれず猛勉強した。→この頃からタバコ、酒を常習的に愛すようになる。学校内順位は良かった(1番は良く取った)が数学、英語、化学、物理以外の教科は良くサボって喫茶店でタバコとコーヒーを良く飲んだ。→成績が良かった為、フケた筈の授業も全出席扱いだった。→医者になるべく爆勉した。推薦も取れたが医学部に行った先輩に費用を尋ね『1億円かかる』と言われ断念。

●医学部を諦めて理学部数学科に入学。→入学直後に医学部の先輩と会う。→先輩畳に頭を擦り付け謝る。『冗談だと思って1億円と言ってしまった。本当は3000万円…悪かった!!』とお詫びのカレーを食べさせられた。俺の医者への夢はこのカレー一杯か…と絶句した。
 今日はここまで・・・次回をお楽しみに・・・・・村松




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